落語『強欲五右衛門』あらすじ3分解説|「葛屋負うた」の地口サゲに痺れる因果応報の上方落語

『強欲五右衛門』は、洪水で流れてきた人命より金目の物を優先した男が、最後に自分の強欲で痛い目を見る、因果応報の上方落語です。

読み方は「ごうよくごえもん」です。石川五右衛門のような大盗賊の噺ではなく、強欲者として「五右衛門」と呼ばれる男を主人公にした演目です。

落語『強欲五右衛門』のあらすじを知りたい人は、まず「流れてきた葛籠からお婆さんを見つけた五右衛門が、金にならないと再び川へ流し、善人の又一が助けたことで五十両の礼を受ける噺」と押さえると分かりやすいでしょう。

この記事では、『強欲五右衛門』のあらすじ、登場人物、サゲ「葛屋負うた」の意味、善人と強欲者の対比、初心者が聴くときの見どころを3分で整理します。

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落語『強欲五右衛門』とは?欲深さがそのまま報いになる上方落語

『強欲五右衛門』は、上方落語に伝わる因果応報の噺です。因果応報とは、自分の行いが、よくも悪くもあとで自分に返ってくるという考え方です。

この噺では、強欲な五右衛門と、人情に厚い又一が対照的に描かれます。五右衛門は、川から流れてくる物を金になるかどうかだけで判断します。一方の又一は、流れてきた葛籠の中に人がいると知り、損得を考えずに助けます。

その結果、又一には礼金が入り、五右衛門はそれを横取りしようとして、自分から危ない川へ飛び込むことになります。善人と強欲者の差をはっきり見せながら、最後は地口で笑いに落とすところが、この演目の特徴です。

重い要素もありますが、現代の読者に向けては、残酷さを楽しむ噺ではなく、「欲に目がくらむと、判断がどんどん狭くなる」ことを笑いにした落語として読むと分かりやすくなります。

(表は横にスクロールしてご覧ください)
項目 内容
演目名 強欲五右衛門
読み方 ごうよくごえもん
分類 上方落語・滑稽噺・因果応報の噺
主な舞台 河内の村、洪水後の川、又一の家、庄屋の仲裁場面
主な登場人物 五右衛門、又一、お婆さん、お婆さんの息子、庄屋など
笑いの中心 強欲者の言い分、善人との対比、庄屋の機転、最後の「葛屋負うた」の地口
初心者向け度 筋は分かりやすいですが、五右衛門の非情さが強く出るため、因果応報の噺として受け止めると理解しやすいです。

落語『強欲五右衛門』のあらすじを3分で解説【結末ネタバレあり】

『強欲五右衛門』は、葛籠の中のお婆さんを助けなかった五右衛門が、礼金を横取りしようとして自分から川へ飛び込む噺です。

河内の国、高安の里に、強欲五右衛門と呼ばれる男がいます。五右衛門は、金になりそうなものにはすぐ手を出す一方、人情や義理にはほとんど心を動かされません。

ある年、大洪水が起こり、川上からいろいろな物が流れてきます。五右衛門は川岸に立ち、手鉤で流れてくる物を引き上げます。金になりそうな物は取っておき、役に立たない物はまた川へ流してしまいます。

そこへ、大きな葛籠が流れてきます。葛籠とは、竹やつるなどで編んだ大きな箱のことです。五右衛門が喜んで引き上げ、ふたを開けると、中には布団を敷かれたお婆さんが座っています。

普通なら助ける場面ですが、五右衛門は「こんな年寄りを助けたら、飯を食わせなければならない」と考えます。そして葛籠のふたを閉め、また川へ流してしまいます。

それを見ていた又一は、そんなことをしてはいけないと怒り、葛籠を引き上げます。又一はお婆さんを自分の家へ連れて帰り、介抱して面倒を見ます。

やがて、お婆さんの息子が訪ねてきます。洪水のとき、逃げ遅れた母を葛籠に入れて流したところ、行方が分からなくなっていたというのです。息子は母を助けてもらった礼として、又一に五十両を渡します。

この話を聞いた五右衛門は、「最初に葛籠を引き上げたのは自分だ」と言い、礼金をよこせと迫ります。そこで庄屋が仲裁に入り、もともと川から流れてきた物なら、もう一度金を川へ投げ、拾った者のものにしようと提案します。

欲に目がくらんだ五右衛門は、迷わず川へ飛び込みます。しかし庄屋が投げた包みの中身は本物の金ではありません。五右衛門が川でもがいていると、上流から葛屋ぶきの小屋が流れてきて背にぶつかり、「五右衛門が葛屋負うた」と落ちます。

『強欲五右衛門』の起承転結

流れ 内容 見どころ
洪水のあと、五右衛門が川から流れてくる物を金になるかどうかで選びます。 五右衛門の強欲さが、最初からはっきり示されます。
葛籠の中からお婆さんが見つかりますが、五右衛門は世話を嫌がって再び川へ流します。 人命より損得を優先する非情さが、後の報いにつながります。
又一がお婆さんを助け、息子から五十両の礼を受けます。 善行が思わぬ形で報われ、五右衛門との対比が強まります。
礼金を欲しがる五右衛門が川へ飛び込み、流れてきた葛屋を背負うような姿になります。 強欲がそのまま自分に返り、「葛屋負うた」の地口で落ちます。

『強欲五右衛門』の登場人物は、五右衛門と又一の対比で見る

『強欲五右衛門』は、登場人物の性格がはっきりしています。強欲な五右衛門と、情け深い又一。この二人の対比が噺の骨組みです。

五右衛門は、物事を「得か損か」でしか見ません。葛籠の中に人がいても、助ければ世話をしなければならないと考え、命より損得を優先します。

又一は、その正反対です。流れてきた葛籠の中に人がいると分かれば、損得を考えずに助けます。この行動が、のちの五十両につながります。

庄屋は、争いを収める知恵のある人物です。力ずくで五右衛門を罰するのではなく、五右衛門自身の欲を利用して、川へ飛び込ませます。ここに落語らしい機転があります。

登場人物 役割 聴くときの注目点
五右衛門 金目の物だけを欲しがる強欲者 命より損得を優先する非情さが、後の報いへの伏線になります。
又一 葛籠の中のお婆さんを助ける善人 損得ではなく、人を助ける行動が噺の中心になります。
お婆さん 洪水で葛籠に入れられ、川を流れてきた人物 五右衛門と又一の人間性を浮かび上がらせる存在です。
お婆さんの息子 母を助けた又一に礼金を渡す人物 又一の善行が報われる場面を作ります。
庄屋 五右衛門と又一の争いを仲裁する人物 五右衛門の欲を逆手に取る知恵が見どころです。

『強欲五右衛門』のサゲ「葛屋負うた」は、欲の報いを地口にした落ち

『強欲五右衛門』のサゲは、「五右衛門が葛屋負うた」です。

葛屋とは、粗末な草ぶきの小屋、または葛屋ぶきの家を指す言葉として使われます。噺の最後では、川上から流れてきた葛屋ぶきの小屋が、五右衛門の背中にぶつかります。

ここで、強欲五右衛門という人物名と、五右衛門が葛屋を負うような姿になる場面が重なります。つまり、欲深い男が最後に「葛屋を背負う」ような格好になり、自分の欲で身を危うくするわけです。

また、このサゲは「強欲五右衛門」という呼び名が、最後に「五右衛門が葛屋負うた」という別の言葉へずれて聞こえるところにも面白さがあります。強欲の名で呼ばれていた男が、実際に葛屋を背負うような姿になるため、言葉と場面の両方で報いが示されます。

このサゲは、単なる駄洒落だけではありません。五右衛門が葛籠を引き上げ、お婆さんを再び川へ流し、礼金を横取りしようとし、自分から川へ飛び込む。そこまでの流れがあるから、最後の「葛屋負うた」が効きます。

『強欲五右衛門』の面白さは、善人と強欲者の差が一気に見えるところ

『強欲五右衛門』は、善人が報われ、悪人が痛い目を見るという、分かりやすい構造を持っています。ただし、それだけなら説教になってしまいます。

落語として面白いのは、五右衛門が最後まで自分の欲を正当化するところです。「最初に引き上げたのは自分だ」「だから礼金をもらう権利がある」と言い張ります。

一見すると理屈を言っているようですが、実際には、お婆さんを助けたのは又一です。五右衛門はむしろ再び川へ流しています。ここに、欲に目がくらむ人間のずれがあります。

又一は派手なことをしません。けれど、目の前の人を助けます。五右衛門は派手に動きますが、すべてが自分の得のためです。この差が、最後の報いを納得しやすくします。

洪水と葛籠の場面は、怖さより「人物の本性」を見る

『強欲五右衛門』には、洪水で人が流されるという重い設定があります。さらに、五右衛門がお婆さんを再び川へ流す場面は、現代の感覚ではかなり強烈です。

ただし、この噺は災害や人命を軽く扱うためのものではありません。むしろ、非常時にその人の本性が出る、という構造で見ると理解しやすくなります。

五右衛門は、平常時だけでなく、目の前に命がある場面でも損得を優先します。その非情さがはっきり描かれるからこそ、後半で五右衛門が自分の欲によって川へ飛び込む展開に説得力が出ます。

又一は、理屈をこねずに助けます。この行動があるため、『強欲五右衛門』は単に悪人を懲らしめる噺ではなく、善意が報われる噺としても聴けます。正直な行いが思わぬ縁を生む噺としては、『井戸の茶碗』と聴き比べると、善行の描き方の違いが見えてきます。

場面 五右衛門の見方 又一の見方
物が川を流れてくる 金になるかどうかで判断する 困っている人がいないかを見る
葛籠を見つける 中身に期待する 人が入っていると知って助ける
お婆さんが入っている 世話がかかる厄介な存在と見る 助けるべき命として見る
五十両の礼金が出る 自分にも権利があると言い張る 無理に奪おうとはしない
庄屋の仲裁 欲にかられて川へ飛び込む 危ないことまでして金を欲しがらない

庄屋の機転が、五右衛門の欲をそのまま罰に変える

『強欲五右衛門』の後半では、庄屋の機転が重要です。五右衛門は、又一に渡された五十両を横取りしようとしますが、理屈だけはもっともらしく言います。

そこで庄屋は、正面から説教するのではなく、五右衛門が断れない形を作ります。川から拾った物で争うなら、もう一度川へ投げて拾えばよい、という理屈です。

五右衛門は、目の前の金に気を取られ、その危険さを考えません。又一はそこまでして金を欲しがりません。この反応の違いが、二人の性格を最後まではっきり見せます。

庄屋の仕掛けは、現代の感覚ではかなり荒っぽく見えます。ただし、落語の中では、五右衛門の強欲さを本人の行動で露わにする仕掛けとして働きます。

『強欲五右衛門』と欲を描く落語の違い

落語には、欲を扱う演目が多くあります。金、酒、名誉、見栄、知ったかぶりなど、人間の弱さが笑いになります。

『強欲五右衛門』の場合、欲はかなり直接的です。五右衛門は、金になるものしか見ず、人の命も損得で考えます。そのため、笑いの奥に強い戒めがあります。

たとえば『黄金餅』は、金への執着がブラックユーモアとして描かれます。一方『強欲五右衛門』は、他人を顧みない欲が因果応報として返ってくる噺です。

こうした欲の描き方を知っておくと、『強欲五右衛門』は単なる勧善懲悪ではなく、落語が人間の弱さをどう笑いに変えるかを知る一席として楽しめます。

よくある疑問:『強欲五右衛門』を聴く前に知っておきたいこと

『強欲五右衛門』の読み方は何ですか?

「ごうよくごえもん」と読みます。強欲な五右衛門という意味で、欲深い人物を題名にした演目です。

『強欲五右衛門』はどんな落語ですか?

洪水で流れてきた葛籠からお婆さんを見つけた五右衛門が、金にならないと再び川へ流し、又一が助けたことで礼金を得ます。その金を五右衛門が横取りしようとして、最後に自分の欲で痛い目を見る噺です。

石川五右衛門の噺ですか?

石川五右衛門そのものを描いた噺ではありません。題名の五右衛門は、強欲な男の名前として出てきます。大盗賊の伝説よりも、欲深い人物が報いを受ける噺として見ると分かりやすいです。

葛籠とは何ですか?

葛籠は、竹やつるなどで編んだ大きな箱です。衣類や道具を入れるために使われました。この噺では、洪水の中でお婆さんが入れられて流れてきます。

サゲの「葛屋負うた」とはどういう意味ですか?

葛屋は、草ぶき・葛ぶきの粗末な小屋を指します。川上から流れてきた葛屋が五右衛門の背に当たり、「強欲五右衛門」が「葛屋負うた」姿になるところがサゲです。言葉の響きと実際の場面が重なり、欲の報いを一言で示しています。

又一はなぜ五十両をもらうのですか?

又一が、葛籠の中のお婆さんを助け、介抱したからです。お婆さんの息子が母を迎えに来て、その礼として五十両を渡します。又一は礼を狙って助けたわけではないため、善行が後から報われる形になります。

五右衛門はなぜ礼金を要求するのですか?

最初に葛籠を引き上げたのは自分だ、という理屈です。しかし五右衛門は、お婆さんを助けずに再び川へ流しています。そこに、強欲な人間の身勝手な言い分が表れています。

庄屋は何をしたのですか?

庄屋は、争いを収めるため、金をもう一度川へ投げて拾わせるという形を提案します。ただし、実際には五右衛門の欲を利用して、本人に自分から危険な川へ飛び込ませる仕掛けになっています。

『強欲五右衛門』は怖い噺ですか?

洪水や人命が関わるため、重い場面はあります。ただし中心は、強欲な男が自分の欲で報いを受ける因果応報の滑稽噺です。怖さよりも、欲深さが自分に返ってくる構造に注目すると分かりやすいです。

初心者はどこに注目して聴けばよいですか?

五右衛門と又一の反応の違いに注目してください。同じ葛籠を見ても、五右衛門は損得を考え、又一は人を助けます。この差が、最後のサゲまで一貫して効いています。

『強欲五右衛門』は、文章で読むと因果応報の筋が分かりやすい噺です。けれど音で聴くと、五右衛門の強引な言い分、又一の素朴な善良さ、庄屋の機転、そして「葛屋負うた」で落とす呼吸がよく伝わります。

欲深い人物が自分の欲で崩れる上方落語を味わいたい人は、音源や高座で聴くとこの噺の力が分かります。

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まとめ:『強欲五右衛門』は、欲深さが自分に返る因果応報の落語

『強欲五右衛門』は、洪水で流れてきた葛籠からお婆さんを見つけながら、金にならないと再び川へ流した五右衛門が、最後には自分の強欲で痛い目を見る上方落語です。又一の善行と五右衛門の欲深さを対比させながら、最後は「葛屋負うた」の地口で軽く落とします。

  • 『強欲五右衛門』は「ごうよくごえもん」と読む上方落語です。
  • あらすじの中心は、洪水で流れてきた葛籠と、その中にいたお婆さんをめぐる騒動です。
  • 五右衛門は金にならないと考え、お婆さんを再び川へ流してしまいます。
  • 又一はお婆さんを助け、介抱したことで、息子から五十両の礼を受けます。
  • 五右衛門は礼金を横取りしようとし、庄屋の機転で自分から川へ飛び込みます。
  • サゲは「五右衛門が葛屋負うた」という地口です。
  • 「強欲五右衛門」という呼び名が、最後に「葛屋負うた」という姿へ変わるところも見どころです。
  • 聴くときは、五右衛門と又一の判断の差、そして欲がそのまま報いになる流れに注目すると楽しめます。

『強欲五右衛門』は、善人が報われ、強欲者が懲らしめられる分かりやすい噺です。ただし、ただの道徳話では終わりません。最後に言葉遊びでふっと笑いに変えるところに、上方落語らしい軽さと切れ味があります。

参考文献

  • 東大落語会 編『落語事典 増補』青蛙房
  • 上方落語『強欲五右衛門』関連の速記・演目解説資料
  • 桂米朝関連の上方落語解説資料
  • 古典落語の因果応報・地口落ちに関する資料各種

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